わがままひとりごと(2001年〜) 
  改訂=2004. 1. 1 (#135) 通算初版=1999.9.3 中溝喜慶 

No 年月日 わ が ま ま ひ と り ご と 写真メモ
135 2004. 1. 1
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134 2003.11.23
 
 15日は、孫の初めての七五三で双方のじぃじとばぁばを含めて計7人で近くの氏神さんである吉御子(よしみこ)神社に参拝した。自宅から歩いて行ったが、参道の小石を軽快に踏みしめて歩く孫はご機嫌であった。
 雰囲気で感じ取ったのかご祈祷していただく時は、さすがの孫もかなり緊張していたようだ。神主さんから色々な説明を聞いていた孫であったが、いざ榊の授受になるとかたくなに固辞する姿に思わず笑いを誘う場面があった。最後に、神主さんから千歳飴をいただくと一気に緊張の糸が切れたのか普段の笑顔に戻っていたから驚きだ。
 日頃は正座する生活をしていない2歳児の孫は、堅苦しい雰囲気を感じ取り行儀よく鎮座?し、振舞わねばならない、と子供ごころに意識したのかと思うといじらしくなる。「三つ子の魂100まで」というように、今日の一日、この幼い経験がいつの日にか思い起こすであろう一番古い記憶になるのかも知れない。
 ただ、一般的には、幼い頃の記憶は、楽しい・嬉しいことよりはむしろ怖かった方が強く残るものだ。このじぃじも、孫の年齢と同じ頃に、空襲警報のたびに親父におんぶされて畑にあった防空壕に逃げていた記憶が鮮明に残っている。幼い頃の怖かった記憶として今も脳裏に残っているのだ。ただ一つの記憶といえる。
 ところで、孫の七五三の姿を見ていて、ふと思い出したことがあった。息子の幼き頃の姿である。当時は、まだビデオカメラもなく、8ミリのカメラで幼き姿を追い続けたものだ。25〜30年?振りにその8mmを見てみたいという心境になる。早速、映写機を取り出して上映しようとしたが巻き取りリールが回転しない。裏カバーをはずしてみるとドライブベルトが完全に伸びきっていたのだ。とりあえず、応急処置をして上映してみたがすぐさま上映中止に追い込まれてしまった。
  現在、メーカーにドライブベルトの有無を問い合わせ中であるが、時代の流れとはいえハード機器が故障するとせっかく記録ととして残しても再生できなくなるのが残念である。今回、8mm映写機が使用できなくなっていることに気付いたがこれまでにLPレコードプレーヤー、オープンリールテープレコーダーが使えなくなっている。
 今、全盛のパソコンやCD・DVDにしても10〜20年後にはどうなっているのであろうか。ハードが健在であれば再生できるが、故障して修理不能ということになるとせっかくの記録が眠ってしまうことになる。
はじめての七五三

記憶に残るかな?

8mm映写機

なつかしの記録簿
133 2003.11.15
 11月9日、我が家も、やっとインターネット高速時代への仲間入りすることができた。わが町は、ADSL(8MB)のままでとまっていたこともあって、日頃から情報通信の僻地という思いが強かったが一気に光ケーブルが施設されたのがこの夏であった。関西電力系の「K−OPTICOM」である。近所の工事状況をみていたら1ヶ月程度で工事が完了していたこともあってその気でいたが、我が家への引っ込みルート上に他社業者の施設を利用せねば成らないという理由でちょうど2ヶ月かかってしまう。
 事前に、パソコンも購入していただけにISDNから「光」へと変貌する環境変化への期待感が甚大であった。
首を長くして待っていただけに、光ケーブルが屋内に引き込まれた時は、子供の頃に遠足を待っていた心境になっていて正直嬉しかった。
 LAN接続も、従来からの有線を継承して4台を接続した。早速、インターネット上の「速度測定サイト」を利用して測定してみると、新規購入したパソコンは、ダウンロードで40Mbps前後、アップロードで6.5Mbps前後となった。この数値が速いのか遅いのかよくわからないが期待値よりは低かったのも事実だが体感的な速さを感じ取ることが出来たので一応OKと思っている。ただ、速度測定サイトの中に速度ランキングが表示されているが「90Mbps」以上の測定値をだしている環境条件とはどんなものだろうかとお聞きしてみたいものだ。
 今まで使用していたノートパソコンは妻専用として渡すことにした。今までは、パソコンライフに興味を示さなかった妻であるが、勉強しながらインターネットの世界に入り込めれば楽しいひと時を過ごせるのではないかと期待している。
 我輩にとっては、高速になったことも嬉しいが接続時間を気にすることなく楽しめることもありがたい。
マイルーム

 32インチハイビジョンテレビ

中央 NECパソコン(17インチワイド)
Valuestar(Xp 2.4GHz 768MB)

 日立パソコン(15インチ)
    
 Prius(Me 800MHz 256MB)
132 2003.10.13
 11日、JRふれあいハイキング「水郷めぐりと西国札所長命寺参り」に夫婦で参加する。
 近くに住みながら、水郷めぐりをしたことがなく実行計画中に、遊歩100選「JRふれあいハイキング 水郷めぐりと西国札所長命寺参り」の新聞記事が目にとまる。すぐさま参加を申し込んでいた。
 JR近江八幡駅を起点とした片道6KmKのコース。ヴォーリズが設計した池田町洋風住宅街や近江商人屋敷が並ぶ新町通り、白壁の土蔵と石畳が続く八幡堀などをボランティア「てんびんガイド」さんが案内してくれた。その後、西の湖へ歩き水郷めぐりの船に乗る。ヨシが生い茂る水路を持参の弁当を食べながら1時間ほど遊覧する。途中、水鳥が餌をねだってついてくる姿にしばし見とれてしまう。長命寺港で下船し、最終の長命寺へと向かう。日頃、スポーツジムで鍛えている?肉体も808段の石段には息が弾んでしまう。ここでも体力の無さをを思い知らされる結果となるり、四国霊場めぐりは無理な話か?
水郷めぐり

乗船中の船より他の遊覧船を眺める
131 2003.10. 5
 9月19〜20日、2歳1ヶ月の腕白ぶりを発揮しつつある孫を中心にした家族5人のささやかな行楽・旅行を楽しんできた。近場でのんびりできる場所として選んだのが神戸であった。
 1日目が神戸市立フルーツ&フラワーパークである。おとぎの国で観覧車をはじめ色々な乗り物に乗った。孫と一緒だからできる行動であって童心に戻れた感じがする。まさしく還暦である。勿論、孫は全身で喜びを表現しながらはしゃぎまわっていた。じぃじ・ばぁばから孫までの3世代が楽しいひとときを過ごせたのが大きかった。園内のホテルで一泊することもあって、夜は、大沢温泉の赤湯にのんびりつかって極楽気分に浸る。お父さんに抱っこしてもらって温泉につかった孫が「気持ちいいねぇ〜〜」の第一声に爺は度肝も抜かされる。こりゃ将来の大物だぁ〜〜。

 2日目は六甲山牧場と王子動物園に行く。
入場すると、すぐに山羊が出迎えてくれる。メェ〜と額を寄せてくる。孫は、一瞬たじろいだが危害を加えない動物だと本能的に認識したのかすぐに慣れて撫でなでしていた。丸々太った豚が寝転んでいたが数人の子供に触られてもびくともしない傲慢ぶりである。人間もこのぐらいの図太さがないと生きていけないぞ、と無言で教えているようでもあった。乗馬の体験コーナーがあって、孫と乗ることにした。孫も初体験なら爺も初体験であることから爺が乗りたかったかも知れない。木曾馬よ、ありがとう。羊ともよく遊んでいたよ。
 王子動物園では、動物と直接触れ合うことは出来ないが、図鑑に載っている動物を生でみることができたことが頭のどこかに残ってくれれば良いのだが・・・。
 六甲山牧場から王子動物園に移動する時に、カーナビが動作しなくなるというハプニングがあったが人間ナビで無事帰還できた。
爺も孫もはじめての乗馬体験

六甲山牧場
130 2003. 9. 8
 昨日(7日)は、娘から入場券をプレゼントしでくれたこともあって「東儀秀樹全国ツアー2003 PICTURES」のコンサートに夫婦で行ってきた。最前列いわゆるかぶりつきの席で聞き入った。「雅楽」という先入観があったためか意外な雰囲気のコンサートを堪能したという感じだった。いつも思うことだが音楽に秀でた者は一つの楽器だけではなく諸々の楽器を奏でる才能を有するものだと改めて感心する。両側には、お母さんとお姉さんという具合に音楽一家の中に育った環境がおのずと彷彿としてくる。自作の挿絵を入れたエッセー集などを出版しているというが、もって生まれた才能もさることながら好奇心旺盛な意欲と努力が音楽に、作家にと非凡さを伺わさせる。あっという間に2時間が過ぎてしまう。
 持ち時間が過ぎても鳴り止まない拍手に歌で応え、篳篥(ひちりき)のソロで「ふるさと」を奏でるサービスであった。9月2日、大阪をスタートしたツアーは10月末までに全国30ヶ所31公演とのことだ。さらには11月の中旬には「世界遺産アンコールワット5日間」のツアーをこなすのだと言う。
 一芸に秀でよ、とよく言うが一芸に秀でた者は万事に秀でているように思うがどうだろう。努力することは勿論だがもって生まれた才能・遺伝子はどうすることも出来ないのであろうか。コンサートもそうだが自分にない才能の持ち主を目のあたりにすると「我輩は凡人である」ことに一種の安堵感に浸ってしまう。情けなやの心境に陥ってしまう。
 
129 2003. 8.27
 8月16日(土)、中学校の同窓会が故郷の諸富(佐賀県佐賀郡)で開催された。中学を卒業してから早45年の歳月が流れていたことに気付く。還暦を迎え、現役を退いたたこともあって、故郷に残っている友達が「還暦記念同窓会」を企画してくれたのだ。
 6月の終わりに、同窓会の案内が郵送され、名簿が同封されていたがその名簿を見て愕然とする。ちょうど1割(12名)の友が他界しているのには俄かには信じがたい消息であった。条件反射的に、この同窓会に出席しておかないと「もう逢えなくなるかも知れない」という不安感があってすぐさま「出席」の返信を送っていた。

 同窓会当日、大半の友が45年ぶりの再会ということもあって思い出すのに時間を必要とした。受付でもらって胸につけた名札と顔を交互に眺めてはお互いに歓声をあげるという、あちこちで見られた光景だが無理もない時の流れである。勿論、体形も風貌も違っている。でっぷりと太り貫禄のある者、ロマンスグレーの紳士的な者、薄くなった髪を気にしている者、悪がき少年が変貌して良き爺になっている者、可愛くて人気を独り占めしていた者、無口だったのが結構おしゃべりするようになった者等々である。NHKの相撲解説で、時々拝顔していることだが、中学を卒業して角界入りした元大関・大麒麟(現押尾川親方)も爽やかな姿を見せてくれた。
 出席いただいた5人の恩師の顔は、すぐさまわかり、せめてもの救いであったかと思う。出席者は約半数の55名の方々と再会することができて何はともあれ同窓会を企画してくれた幹事に感謝である。次も幹事役頼むよな、必ず出席するから・・・。
 近畿在住者も結構いる。「近畿同窓会」を計画しようという声も上がっていることだし
数年後には実現させたいものだ。元気でいればまたお会いすることができようぞ。
          還暦過ぎても心身ともに健康であれ!!
恩 師
中学3年の担任だった恩師は
残念ながら他界されていました


  (いつまでもお元気で!!)
中学時代の写真をスライドにして

(誰だかわかるかな?)
押尾川親方も出席

(現役時代 大関大麒麟)
128 2003. 8. 2
 通常使用しているパソコンが故障したため修理依頼した。
経過と症状の概略を記録として残しておこう。数ヶ月前から動作の異常を感じとるようになっていたがここ2週間前からははっきりと「故障」の症状が現れた。その症状とは、正常に終了作業をしていても次に立ち上げた時に自動的にスキャンディスクが開始されしかも「完全」を実行し終了するまでに10時間以上を要したのだ。この状態ではパソコン機能をなさない為、「一括インストールCD」で購入時の状態に戻すことにしたが1時間以上もかかり、再立ち上げで初期画面が表示されるまでに約40分を要した。ところが、一旦パソコンを一旦終了し、次に立ち上げると自動的に電源が切れた。さらに再立ち上げると「セーフモード」となったため修理にだすことを決意した。

 修理見積りでは、HDDとDVD−RAMの破損されているため技術料と部品代で10万円の修理費用となる。なんとも高い修理代である。安いパソコンが買える金額である。
127 2003. 7. 2

追記
(2003. 7.12)
 北海道に、6月24日〜27日の3泊4日の日程で旅行した。
「パノラマ北海道周遊4日間」のツアーに夫婦で参加して楽しい4日間を過ごさせてもらった。ツアーでの参加は、何といっても気軽さがある。添乗員まかせの旅行だけに、カルガモの子供のようにただただついていけばよいというような無責任な旅行なのかも知れない。
 「あなたの町から出発」というキャッチフレーズだけにこの旅行社のツアーには時々参加しているが身軽さ・手軽さもあってかいつものことながら参加者は多い。北海道への旅行は、還暦を迎えたこの年齢で初めてのことである。
 往路(日航機)は、伊丹空港から新千歳空港へ、復路(全日空機)は、新千歳空港から関西空港への空の旅となるが所要時間は2時間足らずというのに自宅から空港までは3時間余を必要とする。
 さて、北海道内の行程は、1日目は、夕闇せまる岩壁を眺めながら走行し、層雲峡温泉で泊まり、2日目は、石北峠を経由して網走/小清水原生花園でオホーツク海の風を感じながら、知床/オシンコシンの滝を見物して川湯温泉で泊まる。3日目は、最初に摩周湖に行ったが残念ながら「霧の摩周湖」になる。そして阿寒湖に立ち寄ったがここでは視界良好・快適なひと時を過ごす。その後上富良野のフラワーランドで花めぐりを楽しむ。夜は、札幌市内での泊まりとしうこともあって自由時間を利用して大通り公園・JR札幌駅等市内を散策する。

 現地のはまなす観光のバスガイド(坂本)さんの流暢なガイドも大変良かったことを申し添えておきたい。
 次回には、マイカーでのんびりと気ままに、大地の恵みというのか丘陵地帯の恩恵を受ける北海道をさらに満喫したい気持に駆り立てさせた今回のツワー参加でありました。
【ふくろう】について              2003.7.12(追記)
 私の問い合わせ
についてお土産を購入した「歓光堂」さんより返答のファクスが届いたので紹介したい。
 フクロウのことをアイヌ語で『コタンコロカムイ』といい、昔からアイヌのコタン(集落)では、全ての神々の中でも上座に位置した高尚な神として崇められていました。姿は人間の翁のように堂々とし、高い木の上からコタンを見張り、人々の幸福と健康を見守る神鳥と言われてきました。また、フクロウは川に遡上した鮭取りの名人であるが、鮭の頭の一部を食べ、身はコタンの人々に残したといわれます。さらに、猟師仲間では『フクロウの鳴くところには、必ずヒグマ・エゾシカ・野ウサギ等獲物がいる』と、恵みを与える神としても崇拝してきました。
 尚、西洋では、女神アテナの聖鳥でもあることから「知恵」と「学問」の象徴となっています。
フクロウは幸せを運ぶ鳥・幸せの守り神・知恵・学問の鳥とされています。
北海道旅行記念写真集(編集CD)


記念品購入(木彫り/ふくろう)

福を招くふくろう」



オホーツク海を望む
126 2003. 6.18
 15日は、「父の日」と言うことで息子夫婦からはシューズを、娘からは水泳パンツをいただいた。母の日にせよ父の日にせよマスコミと企業がタイアップして作り出した一大イベントにすぎないがプレゼントしてもらうと嬉しいものだ。今回のプレゼントは、夫婦仲良くスポーツジム通いが1年近く続いていることもあって品選びをしてくれたようだ。素直に有難いことだ。
 一方、妻は外食に誘ってくれる。息子一家との合同パーティ?である。孫を囲んでの5人はおなか一杯食べて、ささやかな「幸せ味」を噛み締める初老かも知れない。
125 2003. 6. 1
 6月1日、わが町・石部町は町制施行100周年を迎えた。この100周年記念事業としてNHKの特別巡回ラジオ体操・みんなの体操会が開催された。昨日は、心配された台風4号が温帯低気圧となって青空が覗けるようになって安心していたが今朝は天気予報通りあいにくの小雨が降っていた。早朝の5時に、町内会の参加者と連れ立って雨山総合グランドへ小雨降る中を歩いて行った。体育館に変更になっているだろうと思っていたが、すでにグランドには大勢の参加者で埋まっていた。不思議なことに本番が始まる直前になって雨が止み、テレビでお馴染みの多胡 肇先生の巧みな指導のもとでじっくりと体をほぐす。6時30分にテーマ曲が流れると参加者全員による大合唱の歌声がグランドに響き渡る。日頃の運動不足を解消しようと元気に1・2・3・・・と掛け声よろしくラジオ体操第1・第2を楽しんでいるような雰囲気であった。ラジオ体操を楽しんでの帰り道はまたも小雨が降り出した。本番中に雨が止んだということは何か目に見えぬ力を感じ取る。
 ラジオ体操のあとは、記念行事として、記念式典と「石部町のあゆみ」の記念講演があった。 
石部町制施行100周年記念事業

特別巡回ラジオ体操・みんなの体操会
(参加者 約2200名)
124 2003.5.15
 11日、ホームヘルパーの親睦会に参加する。平成13年に「シニアのための介護講習会」に参加した同期会の2回目の親睦会である。参加者は10人だけだったが楽しい親睦会・ひと時を送ることができた。
 近くの希望が丘公園に集まって、当初の予定では、軽スポーツとウォーキングで汗を流す予定であったが当日はあいにくの雨、急遽借りた会議室に集まった仲間の10人は、近況報告などそれぞれの思いを熱く語り始めた。身内への介助、ヘルパーとしての活躍もさることながらボランティア活動の実態など話題が豊富であった。今では、介助を必要とする人達への援助であるが、いつの日か自分達が介助される立場になることを考えての支援・介助の態度には「こころ」がこもっているように思える。
 ホームヘルパー2級の資格を得た仲間達と、たまに出会うことは新鮮な気分転換への起爆剤となり、発奮を促される結果となる。シルバーを対象にした講習会であったことから60歳前後の仲間達に乾杯である。お互いに悔いを残さないために・・・。
ホームヘルパー親睦会

同期の仲間
123 2003. 5.10
 今年は、町内会の愛宕講当番である。当番の任務の一つに愛宕神社(京都)への代参がある。今回は2回目の代参となるが初回の代参は、小学生であった子供とともに家族4人で苦労して登ったことを思い起こすがもう20年も昔の話となろうか。
 家内は、膝が痛くなるからと辞退したものだから今回の代参は、一人で代参することになる。清滝の第1鳥居をくぐって4Kmの山頂(50丁目)へと向かう。参道4キロの道程には、ところどころに現在地を示す立て看板があって44丁目・通称ガンバリ坂と呼ばれる看板までくると気分的に楽になる。この代参は、還暦を迎えた肉体への挑戦でもあったが息切れするものの2時間弱で山頂・愛宕神社に辿り着く。
 
火災から守ってくれることを祈願して町内会50戸分の幣札(お札)を買い求めて下山する次の当番が当たったら息子夫婦に任せざるを得ないだろう。
*愛宕さん代参については新ページにて紹介する予定あり、しばらくお待ち下さい。
  (注)5/19に新ページ「愛宕さん代参記録」として新設済み
愛宕神社
122 2003.4.20
 先日(12日)、奈良・吉野千本桜のバス旅行に夫婦で参加した。バスに乗るまでは前日からの雨が残っていたが現地に着く頃からは日頃の行いが良かったのか雨もあがって満開の桜を楽しむことができた。
 駐車場は平日というのに観光バスで満杯であり、国花でもある桜を満喫したい観光客で狭い参道・通路は途切れることなく続いていた。
 下千本をを見渡しながら黒門・仁王門をくぐり蔵王堂へ行く。その後、中千本・上千本を眼下に見下ろしながら竹林院へ、遠くにピンクに染まった奥千本の桜をみながら、時間の制限もあってここで引き返すことになった。
 桜いっぽん一本はどこの桜も同じだが眼下に見下ろす白やピンクに染まった「桜畑」は最高に素晴らしい眺望であった。たかが桜・されど桜の吉野というところであろうか。時間に余裕があれば、あちこちに延びるハイキングコースを散策することが可能となとなろう。

 バスガイドの話では、去年の今ごろは、もう葉桜になっていたというから今年は春の訪れが1週間ほど遅かったのかも知れない。
吉野千本桜


雨上がりの桟敷で弁当を広げる観光客
121 2003.3.29
 丸5年となるDVDカーナビの調子が悪くなって2ヶ月が経過していた。
不具合内容は
  ・メモリしてあった登録地点が全て消えている
  ・メーカー本社付近の地図が初期画面として2画面表示される
  ・地点登録しても、一旦スイッチオフにすると登録地点が消える
      (地点登録が出来ない)
   但し、動作が不安定ながらも、当日設定した目的地までの案内はしてくれる。
 以上のことから、「バックアップ電池」不良と睨んでメーカーに問合せてみるとその可能性が高いということだったので部品(電池)を送付していただくように申し入れをする。最初は、部品のみを送付することには難色を示していたが結果的には部品を送付していただいた。
 はんだ付けはお手の物、約1時間で交換は完了して動作試験も正常、修理は完了する。メーカーに修理してもらうと技術手数料が高くて最低でも2万円かかるが自分で交換したお陰でわずか1400円の部品代・宅急便の費用だけで済んだ。当初、カーナビの取り付けも自分でしたこともあって手間が省ける今回の修理であった。
寿命つきた電池


バックアップ電池
120 2003. 3.20
 No.113で紹介したが去年の8月から、夫婦でフィットネスクラブに通うようになって早7ヶ月となる。幸いにも現在も、楽しみながらジム通いを継続している。
 6ヶ月が経過したということもあって、「健康測定」があって「FITNESS REPORT」をいただいた。
 入会時との比較データをみると、奥方の方の体力改善には驚くべきものがあった。
最大酸素摂取量(mi/kg・分)が
26%も改善されていた。一方、亭主の我輩は、9%の改善に過ぎなかったが改善されていたことでジム通いは一応の効果ありと評価出来るかと思う。普段、運動らしき運動をしない奥方が活き活きとジム通いをすること自体その効果が大きく現れたのであろう。いずれにしてもよいことだ。
 この冬も風邪を引いたが発熱することもなく、病院に行かずに済んだ。我が家にとっては、何よりも「健康づくり」が最優先となるべき課題であったことから、
「病院通いよりまずジム通い」の合言葉が果たせつつあるかも知れない。
 
とにかく「健康づくりに役立っている雰囲気であるし、これからも初期目標である「財なくても健康あるよ」と言いたいものだ。
第22回技能グランプリ大会

職種【機械製図】のスナップ

職種【瓦葺き】のスナップ

職種【日本料理】のスナップ
119
2003. 3. 6
 第22回技能グランプリが千葉県を中心(2/28〜3/2)に開催された。
 仕事の関係で見学の機会をいただいたが、全国から集った「腕に技を持つ」技能者が各会場に集まって課題に取り込む姿には胸を打たれるものがあった。
 競技職種は、婦人服・紳士服製作、和裁、園芸装飾、印章ゴム印彫刻、建具、壁装、日本料理、機械組立て、旋盤、フライス盤、機械製図等々幅広い分野での競技である。私は、仕事柄?というのか、旋盤・フライス盤・機会組立て、機械製図を中心に時間をかけて見学する。
 旋盤・フライス盤等は既設設備を使用するようだが、バイト等の工具類は持込み可能ということもあって、それぞれの工具箱にも使用し易いように工夫がされていた。
 機械組立ての職種では、あるスタッフが説明してくれたが、去年の悔しさが忘れられずに、今年、再挑戦している競技者がいることを話してくれた。こうした意識・挑戦がさらなる技能・技量を磨くことにつながっているのではないかと意を強くしたものだ。
 今回、残念だったことは競技に差し支える会場では、写真撮影の際にストロボをたけなかったためにデジカメ写真の大半が露出不足になったことだ。写真撮影技能が不足していることを覚えたことである。
 
118 2003. 2.22
 還暦の内祝いとして、食事のために片道3時間の越前海岸のすぐそばの料理旅館「いまい」へ行って来た。私(60歳・還暦)、妻、妻の両親、息子夫婦と孫、それに娘の計8人のグルメツワーである。別に、グルメ通という訳ではないが還暦という名を借りての身内旅行という訳だ。越前カニに舌鼓というささやかな贅沢を味わってきた。健康にも恵まれて4世代が会して会食ドライブができることは幸せなことである。現役を退いて1年余が流れたが、今が、わが人生の中で一番幸せな時期かも知れないと思いつつこの環境を噛み締めている。
 還暦という節目だが、60個の年輪が肉体に刻まれているのかと思うとこの節々を粗末には扱われないと自問自答する。
 戦時中に生まれ、戦後に幼少期を送った身は、「もったいない」という意識が体に染み付いたまま大きくなっているような気がしているが
これからは、身内のイベントに名を借りてグルメ通とはいかないまでもささやかな贅沢を味わいたいと思っている。
還暦内祝い

ご馳走に舌鼓
117 2003. 1.26
 一足先に、還暦お祝いの品物をいただいた。
お父さんの還暦祝いにと、家内と独立した息子・娘との間で早くから決まっていたようだ。たまたま、近くの家電量販店での特売日に、その品物が売り出されたこともあって早々に買ってプレゼントしていただいたのだ。誕生日は、3月だから2ヶ月も早くいただいたのが非常に重宝している。その品物とは、メディカルチェア、すなわちマッサージ機である。
 標準価格を見て驚いた。高価だけに確かに優れものである。メディカルプログラムを内蔵しており各種のマッサージをしてくれる。例えば、内臓プログラムとして
 メディカルコースでは
    *全身疲労回復コース   *肩・筋肉疲労改善コース
    *腰・筋肉疲労改善コース *脚座・筋肉疲労改善コース
    *指圧コース
 快適コースでは
    *おはようコース  ・おやすみコース  ・おしりコース
等々であり、他にも単独の面白い機能を有している。歳のせいか、マッサージ後は非常に快適である。

 この還暦祝いは、家族の絆として全員で利用できるのがよい。プレゼントありがとう。
還暦祝い



鎮座したマッサージ機
116 2003. 1. 1
 あけましておめでとうございます。
2003(H15)年がスタートした。毎年のことだが今年はこうしたい、こうありたいと無地のマイキャンバスに夢を描く。大きくても小さくても一向に構わないがなかなか色鮮やかに、美しくは塗りつぶせない。翌年に持ち越すことも多いがデッサンすることは実に楽しいものだ。
 今年は、年男・還暦を迎える。若いつもりでいても、肉体のあちこちに刻まれていく老いに向かう年輪を消すことは不可能だが、心に刻まれた年輪はその良し悪しに関係なく大事に育まねばならぬと自戒している。孫も1歳5ヶ月になるがその成長振りに目を丸くすることがある。心身ともに、日一日と成長していくのが手にとるようにわかる。特に、脳細胞の皺の数が無制限に増えていっているのであろう。還暦とは、幼児期に戻るというが脳細胞の皺の数を増やすことは、もう期待出来ないのであろうから、せめて現状維持をいかに続けるかが課題となる。少なくとも孫の相手ができるように努力したいと願っているよきじ〜〜でいたいものだ。
あけましておめでとうございます



2003年 年賀状その1
115 2002.12.24
 今年も、あと1週間となった。年の瀬となって我が家も大掃除の真っ只中という感じだが新年を迎えるにあたっての心・気分のケジメをしっかりとつけたいものだ。今年と言う1年を締め、しっかりした気分で新年を迎えることは非常に大事なことだと思っている。
 年末・年始になると、小さい頃の、両親と一緒に家族全員で新年を迎える準備をしたことを思い起こす。
 日頃お世話になった自転車・鍬や鎌にいたるまできれいに洗い清めて大掃除をしたものだが、そこには両親の感謝の気持・気質が、成長期の子供の私にも伝わってきた。
 50年もの昔のこととは言うものの時代の流れだけでは片付けられないこころが存在していた。今や飽食時代と言われるように、何もかもが忘れられているように思う。個人主義に流さがちな殺伐としたこの時代こそ考えるべき問題であろう。
114 2002.11.22
 九州・小倉に住む姉が我が家を訪問してくれた。高槻に住む妹宅から京都を案内してもらった後に、滋賀の我が家を訪問してくれた。我が家への訪問は、何年ぶりのことだろうか。新築直後のことだったと記憶するからもう30年近く前のことかも知れない。考えてみれば、子供が巣立ち、ご主人が定年退職されてやれやれという時期にそのご主人が病に倒れ、それ以後は看病に明け暮れた日々であったし、旅行など考えられないことだったろう。看病むなしくご主人は他界されたがこれからはのんびりした生活を楽しんで欲しいと心から願っている。
 留守することが気になるようで、ゆっくりしてもらうわけにはいかなかったが、今回は、偶然にも紅葉のお寺めぐりとなった。近くの石山寺・永源寺そして一日がかりで永平寺・丸岡城を散策した。紅葉も終わりに近かったが好天にも恵まれて赤・黄に染まった風情は秋の醍醐味を感じ取ることが出来た。
 次回の訪問時には、東尋坊・伊勢神宮等々を案内するから、と元気なうちにせいぜい旅行を楽しむように勧めて別れる。
石山寺

永源寺

永平寺

113 2002.11.10
 8月から、夫婦でフィットネスクラブに通うようになってから早3ヶ月が経過した。
普段、運動しない初老夫婦にとっては、一大決心とも言うべきフィットネスクラブへの入会であった。3ヶ月が経過したが、週4日間、夜間にもかかわらず皆勤に近い状態でジム通いを続けている。
 蓄えの無い我が家にとっては、何よりも「健康づくり」が最優先となるべき課題であることから、
「病院通いよりまずジム通い」との思いから老後に向けての生活設計構築となったわけだ。
 フィットネスクラブでは、
まず、マシンジムで、エアロバイク・ランニングマシンを中心にチェスとプレス・レッグエクステンション
等々1時間余たっぷりと汗を流したあとプールで30分水遊び?をする。最後は、スパゾーンで、遠赤外線サウナ・ミストサウナで発汗させたり、ジャグジー風呂・水風呂でゆったりと過ごすこと30分である。このジャグジーが疲れを吹き飛ばしてくれるし、水風呂では、座禅ならぬ無我の境地に浸れるから不思議である。ただ、水風呂は、この時期になるとかなり冷たいしこの先、肩までつかれるかどうかはなはだ疑問である。
 夫婦で
一緒に出かけることに意義がありそうだ。夫婦円満であることは勿論のこと、結果として、夜間の電気代等の節約という思わぬ副産物ににっこりしていることもある。とにかく「健康づくりに役立てば、費用は高くは無かった、と思えるであろう「財なくても健康あるよ」といいたいなぁ。
112 2002.10.12
 リタイヤ後、一日中、退屈することなく好きなことだけをしてきた私であるが、元同僚の紹介でこの10月より仕事をすることになった。
 久し振りのネクタイに、現役時代を思い起こす。全身に緊張を覚えるのは気持が良いものだ。

 滋賀県職業能力開発協会内にある高度熟練技能センターでの仕事である。厚生労働省から事業の委託を受けての仕事となるが精一杯頑張ろうと意を新たにしている。高度な熟練技能を継承するための大事な支援事業の一翼を担うことになる。
 この支援事業の背景としては、
製造拠点の海外移転に産業の空洞化と若年者を長身としたものづくり離れ、さらには熟練技能者の高齢化により、高精度製品の製造、新製品の開発等を担うべき優れた熟練技能の継承が一層困難になりつつあり、我が国産業の発展にも重大な影響を及ぼすことが懸念されている、からである。 
中央職業能力開発協会のホームページ

http://www.javada.or.jp/
111 2002. 9.22
 私の兄(中溝喜隆なかみそ゜のぶたか)が本を出しましたので紹介します。



 中溝 喜隆 著
(退職時)埼玉県 長瀞町立長瀞中学校校長
中溝 喜隆


四六判、141ページ1000円(税別)
発行所 東京図書出版会(03-5842-6410)
発売元 星雲社(03-3947-1021)
読売新聞(埼玉版)で紹介された記事を転記して紹介することにします。

       孤独感じる若者自作の詩で応援

 皆野町に住む中溝さんが、いかに考え、いかに生きるかの問いに答え、熱いメッセージを送った。中溝さんは、多摩美大卒、元中学校校長という職歴の持ち主。
この本は。「たった一人の君よ」に象徴されるように、世の中に疎外された孤独を感じている若い人、いわば「少数派」を念頭につづったという。
 ぜいたく、自然、愛、スポーツ、理想と現実とは・・・・・。中溝さんは、始終、「君よ」と命令口調で呼びかけるが、そこに教育者の姿はなく、自作の詩を添え、人生観を熱く語っている。
 文中、「変な文体、意味不詳の文章にうんざりしているかも知れない」と、しばしば心を配るが、独特な感性にいつしか引き込まれる。詩「人間賛歌」を含めて、万人に向けられた応援歌だ。
110 2002. 9.12
 昨日、稲刈りの手伝いをした。秋晴れの最高の天気ということもあったが流れる汗は秋風をより一層心地よいものとした。
 80歳に近い義父は、機械化された農業とはいえ忍び寄る年波に体力の衰えを想像以上に感じているようだ。コンバインに乗って手伝ったが、刈り取られる稲穂を見ながら『農業とは、自然との戦いなのだな』と思いをはせていた。一方、刈り取られていく田んぼには、トンボやコオロギが飛び交うしカエルまでもが跳ねているのには驚いてしまう。また、餌を求めてカラスやサギが集まってくる。自然の恵みは、まだまだ発見できたのが嬉しかった。
 農家のあり方が問われる世の中だが機械化される農機具の購入代金等を収支計算すれば決してプラスにはならないだろう。でも農業を続けられるのはそこに農業に対する愛があるからであろう。
 次の日曜日には、3世代家族揃っての刈入れという。家族の絆が生まれる貴重な研修の場とも言える。
あぜ道咲いた彼岸花

109 2002. 8. 8
@先月29日、義兄(姉婿)が亡くなった。76歳であった。埼玉に住む兄と滋賀の私の自宅で合流し交替で運転しながら九州入りした。
 76歳という年齢は、若いような気もするが、人生最後がそう苦しむこともなく息を引き取ったというからある意味では幸せだったことかも知れない。
 この義兄に対する最大の想い出は、私が中学生の頃、当時の西鉄ライオンズと南海ホークスのプロ野球を平和台球場へと観戦に連れていただいたことだ。これが生まれて初めてで、かつ最後?のプロ野球観戦となるかもしれないのだ。
それ以来、球団名こそ何回か変わってきたが隠れライオンズファンの存在となる。今年のライオンズは、現段階では、優勝する可能性が高いので亡き義兄のご冥福を祈りつつ応援しようと思っている。
 義兄は、定年退職後の、自分の時間を有効活用できるはずの時期に病魔に襲われて自由な時間を奪われたが人間の性と言うのか哀れみ・悲しみを見る思いがする。
 ただ、最後の最後まで妻(姉)の介護を精一杯受けられたことは最高の幸せではなかったかと思う。夫婦愛があればこその姿だったようだ。全ての夫婦がこのようであれば万々才だが世の中はこうは上手くいかないはずだ。
支える側の犠牲心と頑丈な肉体がなければ成り立たないことだろう。私は、ある想いがあってホームペルパー(2級)の資格を得たが必要な時に人間愛の力を最大限に発揮出来ればと思う。
A葬儀のあと、墓参のため故郷・佐賀へ帰る。
 ここで目にしたのは、自然界の姿が変わってきているという事実である。
2年前の「わがままひとりごと No.49(2000.8.12付)に次のコメントを書いた。「筑紫平野の限られた場所にだけ生息するといわれる“かささぎ(カチカラス)”が非常に少なくなっているような印象をうけたが事実はどうだろう。絶滅品種にならなければよいのだが・・・。」と。
 今回、目にしたのは、わが故郷では見られなかった通常の黒いカラスが電線に停まっていた事実に愕然とする。あの白・黒のツートーンカラーのカチカラスの姿を確認できないままの帰郷となる。黒いカラスに追放されて絶滅したのではないかという危惧を持ちながら佐賀を後にしたことが非常に残念である。
108 2002. 7.11
 台風6号が各地に大きな被害をもたらした。暑い日が続く日々だったが幸いにも当地での台風被害は無く、かえって心地よい気候をもたらした一日となった。
 我が家の台所には、「涼風」がなかったため、せめてもの奥さん孝行?に壁掛け扇風機を取り付けた。
料理等台所の仕事は男が考えるより「熱気」があるものだ。IHクッキングヒーターになって熱気が少なくなったことも事実であるが夏本番に備えての庶民のささやか夏対策なのである。扇風機で我慢してちょうだいね。
壁掛け扇風機



扇風機で我慢してね !!
107 2002. 7. 8
 昨日、滋賀県知事選が行なわれた。選挙する前から結果がわかっているような知事選だったことから盛り上がりに欠けた。無所属の4人が立候補したのだが、うち2人は、選挙ポスターすら掲示しなかったのだから立候補の意図すらわからないものとなった。
 結果は、自民・民主・公明・社民・保守推薦の現職知事が圧勝したのだが、党派が違えば自ずと政策が違うはずなのに相乗りして推薦すること自体地方行政の活性化を阻害することになりはしないか。投票率が38.67%しかななかったことからも政治離れがうかがわれる。ちなみにわが石部町の投票率は郡内7町の最下位の35.66%とは情けないことだ。
 選挙権がある以上、投票する権利があり義務であるべきなのに、投票率の低さに腹立たしくなってくる。

 一方、長野県知事の不信任案が議決されたが、どう決着されるかが興味あるものになってきた。どちらにせよ知事選と議員選のダブル選挙になれば長野県民の判断が注目されることになる。
106 2002. 6.24
 このところ、ギターと戯れる時間が多くなった。
退職して自由時間がふんだんにあることも事実だか、ひとりでいる時間をどのように消化すへきかを考えた時に、今まで歩いてきた道程を180度転換さすことは不可能との結論に達した。ならば、延長線上の「趣味」を最大限に活かすことを考え、それにプラスアルファを足した方が「自分らしい生き方」になるような気がしてきたからだ。一向に上達しないギターだが、従来から時々だか戯れていたこともあって、親しみがある。ひとりで楽しむには、素晴らしい楽器である。

 また、下手の横好き領域に過ぎないが、若かりし頃に仲間と出掛けたスケッチの感触を思い起こしている。あの油絵の具の匂いが心地よい。現時点では直ぐには手を出せそうにもないがいつの日か頭を持ち上げてくるであろう。
こころの街角サロン/いしべ宿駅



いろりのある板の間

4月27日オープン
 こころの街角サロン「いしべ宿駅」が歩いて1分の所に、4月末にオープンしたこともあって覗いてみた。この施設は、旅人と地域住民の交流拠点として整備されたもので旧東海道沿いのほぼ町の真ん中にあり、旧石部本陣の跡地の一角に位置する場所に建造された。
 施設は、木造2階建で、1階には、昔ながらのかまどやいろりが配置、2階には和室と洋室があり、地域サークルなどが利用できるようになっている。
 この施設は、観光客の休憩場所として利用したり、いろりを囲む板の間では、竹細工やパッチワークの実演や展示等が行なわれると聞いている。
 石部宿は、東海道53次の51番目の宿場町として「京立ち石部泊まり」といわれ、京都から江戸へ向かう旅人が最初に泊まった宿場であり、最盛期には216軒の商家と62軒の旅籠が軒を連ねており、その屋号等が書かれた地図が掲示されている。石部町は、宿場町として栄え賑わったようでその名残りを今も残している。
 石部町は、観光地には程遠いかも知れないが時々、ウォーキングしている人達と出会うことも多く、この施設で一服されたら疲れも癒されることであろう、と思っている。
105 2002. 5.31
 自分なりの「放浪の旅」を一旦終えた。
短いのか長いのか人生80年の約半分を「サラリーマン」として過ごした自分へのご褒美として退職後は、自分なりのわがままを許してもらおうと思う。その手始めとして気まま旅行「放浪の旅」に出かけることにした。
 埼玉県秩父に住む兄の家を拠点にしたドライブであるが時間にとらわれないだけに高速道路を利用しない安上がりな旅行となる。
 まづ、自宅・滋賀県を出発してから木曽路(R19)を北上し、茅野市からR299に乗り換え「日向木場展望台(標高1950m)」で車中泊する。勿論のことだが人影もなく雨音のみが聞こえてくる。翌日、埼玉県秩父の兄宅に到着する。秩父には、日本通貨発祥の地ということで「和銅開放」の記念碑がある場所を案内してもらった。
 数日間ゆっくり過ごしたあと、房総半島の最先端に位置する洲崎灯台・野島崎灯台で一服し、太平洋岸を北上して茨城県水戸市の姉宅に立ち寄り、茨城県近代美術館を訪ねて生気を養う。
 R6を北上して観光客も少ない早朝に、日本三景の一つ「松島」を散策する。芭蕉の句碑とともに波静かな太平洋をバックに記念撮影をする。その後、R4を走り、岩手県かつてのみちのくの政治と文化の中心であった平泉・中尊寺を訪れる。
 芭蕉が「奥の細道」を行脚して、「夏草や 兵どもが 夢の跡」と詠んだ藤原時代の面影を偲びつつのんびり散策する。
 このあと一気に山形市まで南下して、山寺「立石寺(りつりゅうじ)」に立ち寄る。
この山寺も、芭蕉とのかかわりが深く
「しづけさや 岩にしみいる 蝉の声」の句碑とともに記念写真におさまる。
 東北地方の一部だけのドライブだったが、松尾芭蕉の句碑とともに過ごした勘がする。
 兄の家で疲れを癒した後、帰路に着くことにした。松本市からR158を走り上高地および乗鞍岳を経由する計画だったが残念ながら上高地高原道路も乗鞍岳スカイラインも通行止めで目的を果たせないまま、高山・下呂で途中下車したあと無事帰還する。
 ちなみに、走行距離は2500Kmであった。

次回の放浪の旅は、フェリーで九州入りする「九州一周気まま旅」を計画してみようか、と思う。
山寺・立石寺

「しづけさや 岩にしみいる 蝉の声」
芭蕉像と句碑と


山頂は雪

乗鞍岳スカイラインは通行止めだった !!
(R158より眺めた山岳)
104 2002. 4.26
@1ヶ月余かかったリフォームが終わった。
築30年(正確に言えば28年)のマイホームのリフォームだが、老朽化にともなって今までにも何回か手を加えてきた。今回のリフォームの大きな目的は、増築に伴なって暗くなった居間に「明るさ」を取り戻すこととキッチンの全面リニューアルにあった。
 居間への採光は、隣接する部屋との壁をぶち抜いて嵌め殺しのガラスを入れる手段をとった。真ん中の部屋であることから、直接的に太陽光を取り入れることができないことから、かなり懸念されたが結果は大成功といえるだろう。昼間は、点灯しなくても生活できる環境となって初期の目的を100%達成することができた。
 一方、キッチンは、従来のガスレンジにするか
IHクッキングヒーターにするのかを直前まで迷っていたが最終的にはIHクッキングヒーターを採用することにした。また、食洗器を付けたがいづれも30年前には考えられないことだ。IHクッキングヒーターは、電気代が高くなるだろうが老齢期に向かうことも考えて安全面を最優先することにした。キッチンのリニューアルは、やっとできた「奥様孝行」ということになる。
 また、愛犬が自由に出入りできるように、居間の引き違い戸と勝手口ドアに愛犬専用の出入り口を特注誂えた。愛犬も室内・室外を自由に行き来してストレスをためることなく気ままな生活を送ってくれるだろう。

 同時に、天井・壁・床をリニューアルした他の部屋(洋室)とともに明るくなった室内環境は、まさに新築同様の快適気分になれたし、夫婦水入らずの生活基盤ができたことになる。
Aリフォームに伴って、日曜大工に着手することが多かった。その一つに塩ビの波板に小さな孔を数多く開ける必要性が生じたが、開孔する手段で悩むことになる。
 思い悩んだまま寝床についたら、夢の中で開孔の手段を偶然にも、示唆してくれたところで目が覚めた。午前3時を過ぎたところだっが飛び起きて、夢で見た通りに、半田ごての鏝先に釘を針金でくくり付けて熱し、波板に所望の小孔を多数開けることができた。夢よ、ありがとう!!
リフォーム終了

@居間への採光手段「3枚ガラス」

隣接する部屋との間仕切り壁を
ぶち抜いてガラス3枚を嵌め込む


Aキッチンの全面リニューアル

奥様孝行?の
Hクッキングヒーター+食洗器付きの
システムキッチン


B勝手口特注

裏庭への通用門となる愛犬専用の出入り口
103 2002. 4. 2
 3月末に、1枚の葉書が届いた。叔母の死を知らせる、東京に住む従兄弟からの葉書だ。平成14年2月9日に永眠したと言う。元気な時に、死後のことについては、自分を大学病院へ献体するよう手続きをすませて済ませていたと言うので、その意志を尊重して献体したそうだ。
 私が東京で在学していた頃、時々遊びに行っていたがそこには熱っぽく語ってくれた叔父・叔母の真剣な姿があった。もう35〜40年前のことになるが、葉書を受け取った瞬間に、この姿がはっきりと脳裏を駆け巡ってきた。年齢を逆算してみると50歳を少し過ぎた頃だったろうか。
 叔父・叔母は、この頃から、すでに自分の死後は、大学病院に献体して、医学生達の人体研究に役立ててもらうのだと二人して話していた。まさしくこの意志・夢を実践したのだから何とも素晴らしいことだ。
 凡人の私には、とてもじゃないが難しいことだけに、敬意を表したい。心からご冥福をお祈りしたい。
102 2002. 3. 4
@今月の2日、孫を預かることになった。
間もなく7ヶ月になる孫だが、母親の姿を追い求めるまでにまだ至っていないことが非常に助かる。もの心がつく過程において、母親オンリーになる時期があるが、孫がこの時期にさしかかっていないことは留守宅を預かる方はまだまだ楽だし、かわいい孫の面倒をみることはおばあちゃんともども大変喜んでいる。
 孫は、おばあちゃんと一緒に非常に機嫌良く過ごしてくれていたが、おじいちゃんとお風呂に入いる段階で大声で泣かれてしまう。赤ちゃんをお風呂に入れるのは、我が子・父親を入浴させた以来約30年振りだが、わが子とお風呂で遊んでいた頃を明確に思い起こさせてくれた。
A
現在、築30年近くなったマイホームのリフォームを考え複数業者に見積りを依頼中である。今でも同じことだが、特に若かりし頃は、お金がなく分相応のマイホームに満足していたが、その後、子供の成長や築年数の経過と共に増築・リフォームと手入れしてきた。子供が巣立って二人きりとなった老夫婦が明るく楽しく生活をする手段の一つとして、退職を機会に、再度リフォームすることを計画したのである。今回は、台所と居間3箇所のリフォームだがこのリフォームのメインテーマは、快適なキッチンと明るいリビングづくりである。業者と何回かの話し合い中で色々と勉強させられている。
 こちらから依頼した同じリフォーム仕様なのだが出てくる見積もり金額にかなりの違いがあって面白い。業者のコンセプトの違いからお客様に満足度を与える差がでてきているようだ。そろそろ業者選択の資料が揃ってきたことから来週中には契約したい。

Bリフォームを前に、部屋の片付けが必要になってきたが、その手始めに日曜大工を楽しむようになった。物置き可した?部屋の有効活用ということで、衣装ハンガーの上下新設と棚の増設である。誰も褒めてくれないので、自分で褒めるのだが大工並のなかなかの出来栄えである。結構、趣味も役立つものだと感心している。某局の「リフォーム計画」なる番組で紹介される内容をふんだんに参考にさせていただいた。(写真右)
上下ハンガーと棚の新設

2段のハンガーと上段棚は頼もしい!!
101 2002. 2.24
 平日を利用しての1泊2日の北陸・片山津への温泉旅行である。
妻と両親との4人だが今回は、マイカーでの3時間余のドライブである。ドライブは、適度に緊張してハンドルを握る運転手より、狭い室内に閉じ込められている同乗者の方が疲れるのだがこの疲れを最小限に抑える為に、意識して頻繁にパーキングエリアで休憩をとることにした。ホテルに着くと直ぐに温泉につかり、夕食は蟹料理に満足する。
 ところが、その夜、手足を折られる怖い夢を見て目が覚める。蟹の手足をパキパキとへし折って食べた蟹の恨みをかったようだ。思えば、人間ほど身勝手すぎる生き物は他に無い。動植物を保護するために一個人として何ができるか自問してみる必要がありそうだ。
 ともあれ、温泉につかると心身ともにリフレッシュできる。若いつもりでいたがいつの間にかリタイヤした今、温泉の魅力がさらに増幅してくる。またまた温泉巡りの計画を立案しておこう。
今夜は、ホテルからいただいたお土産の蟹を食べよう。
片山津温泉1泊旅行

ホテルからのおみやげ
100 2002. 2. 4
 この日曜日に、広域人権学習会に参加した。
各自治会が講演会を開催するなど根気よく努力しているが、今なおさまざまな問題が派生していると聞く。未だに、同和問題を取りざたしなければならない現実があることを我々は心しておかねばならないだろう。人権尊重の町づくりを目指しているわが町・石部町は、女優小林 泉さんを招いて、一人芝居「母さん笑って」を公演いただいて町民に訴えた。ひとりひとりの感性に訴えるのだか涙する人もいて、人権の尊さを学び取る石部町民でありたいものだ。

 昨日3日は節分だったが、この世には「鬼」などいようはずがない、と考えていたが先日の更迭人事の流れをみると政界・外務省には「鬼」が存在しているようだ。NGO問題から発生した人事だが、今までの醜き戦いからくすぶり続けていたことだ。憎たらしい政治家と官僚とがのさばる国会では日本も浮かばれない。
 国会議員達よ、 「日本沈没」にならないように、
しがらみから脱却して舵取りして欲しい。
春を告げる足音

アマチュア無線機の前のさくら草
99 2002. 1.12
 BSデジタルチューナを買って2週間となる。この2週間、ハイビジョン映像を楽しんだことになる。受信環境は、使用テレビは32インチ、映像信号はD3端子に接続、音声信号はAVアンプに接続している。
 公共放送としてNHKハイビジョン、無料放送として民放5局、今回は無料体験の恩恵にあずかった有料放送の1局を視聴した。ハイビジョンの画質は、確かに美しいし感動を覚える。同時にBモードステレオ放送であればついつい音量を大きくしてしまうほどだ。正に高画質・高音質という表現がひったりする。
 中でも、私がとりこになたのは自然界の風景や絵画・建造物にはついつい惹きつけられてしまった。デジタルチューナを買うのが遅かったと反省するほどだ。ただ有料放送までは手が届きそうにも無い。
 予断だが、テレビを買い換える予定がある人は、D3以上の端子があるテレビを買われるようお勧めしたい。
 メーカーに注文したい。D3以上の端子を持つ小型テレビを市場に提供してほしい、と願う一人だ。高画質に魅せられるエンドユーザーが潜在的に多いはずだ。
97 2002. 1. 1
あけましておめでとうございます。
 2002年/平成14年の扉が開いた。人それぞれに新年への抱負を胸に新しい年を迎えたのであろう。
 「一日の計は鶏鳴にあり、一年の計は元旦にあり、一生の計は幼少にあり」と親父が読んでくれた故事が思い起こされてくる。早起きするのもこの故事が影響しているのかも知れない。
 我輩には、昨年の夏に初孫が誕生した。今年の年賀状には、かわいい孫と一緒に登場した。爺馬鹿・婆馬鹿振りをいかんなく発揮しているのだが、じいちゃん・ばあちゃんと片言で呼んでくれる日が非常に待ち遠しい。「這えば立て、立てば歩め」の親心というが、一日一日の成長には目を見張るものがある。初孫誕生と同時にひ孫誕生まで頑張ってみるか、と決意を新たにしたものだ。それには、健康であらねばなるまい。持病なんか吹き飛ばせ!!。
 今年は、時間を作って、ドライブを楽しみたい。見知らぬ土地を尋ねてみたい。そして新しい「職」を見つけ出さねばならないのだ。頑張る1年としたい。 
2002年 年賀状

夢・愛多き1年でありますように!!
96 2001.12.31
 今年も大晦日を迎えた。今日の日付で会社人間から完全に解放されることになった。退職である。35年間のサラリーマン時代に終止符を打つが、今流行の自分史なるものを書くならば自分なりに原稿が書ける状態である。
 今後に残された余りの人生をいかに活きるかが問題だか自由奔放に節度ある生活を楽しみたいと願っている。子供が独立して巣立った今、とにかく健康であれば何とかなるはずだ。お互いに個性を尊重しながら夫婦仲良く生活できれば最高だ。
 BSデジタル放送の本放送が始まって1年になるがその間デジタルチューナが欲しくてたまらなかった。各メーカーがモデルチェンジすることもあって年末セールで安くなった製品を購入した。早速、AVアンプと組み合わせて高画質・高音質でハイビジョン放送を楽しんでいる。ささやかな庶民の楽しみ方である。
95 2001.12.20
 当「わがままひとりごと」のNo87でタイヤ・チューブを交換したことを紹介した。ところが、その後わずか3ヶ月で連続的にパンク(空気抜け)したが現象面から判断してメーカーに対して写真添付で次のようにクレームをだした。
 《8月末に御社の製品だと思われる「タイヤ・チューブ」を近くのホームセンターで購入し交換しました。ところが、交換後1ヶ月足らずで虫が首部で破れて空気が抜けたのを初めその後、3回チューブが原因でパンクし、そのたびに修理しております。通常、この頻度でパンクするとは考えられないのですが、いずれも釘等を踏んでいる形跡もなく、全てが繋ぎ目(筋状の痕跡がある部分)にピンホールが発生していると思われます。参考までに、数日前にパンク修理した時の写真を添付しますので、今後の品質向上に役立てて欲しいこともあってメールしました。》
 すると、丁重にもお詫びのメールが届いたがロット番号から海外協力工場で生産された製品らしい。しかも交換用チューブが宅急便で届けられた虫ゴム不要のチューブにびっくりする。独製のアリゲータプランジャーというらしい。不具合現品を返品したが原因究明してもらえればありがたい。

  メーカーさんありがとうございました。
筋状の痕跡部分にピンホール発生?



パンク修理した不具合現品
94 2001.12. 4
 師走になった。今年の締めくくりの月・師走におめでたいニュース「内親王誕生」に一人の国民として素直に喜んだ。日本経済も失速状態であり、失業率が5.5%前後を推移しているのにさらなるリストラのニュースが毎日のように流れてくる中で、明るいニュースを待ち望んでいただけに久し振りに一筋の光明をみた思いがする。
 一方、1泊2日で西伊豆方面へのバス旅行に家内の両親と4人で参加したが観光地の大型バスをみていると、少なくともこの場所だけには“不況”の実感を感じることはできなかった。旅行は、庶民のささやかな楽しみ・癒しの手段であるようだ。考えようによっては、不況下の中での無言の抵抗なのかも知れないな。
 堂ヶ島で、ズワイガニをお土産に買ったが、帰ってきて化粧箱をみて驚いた。「島根県産」だったからだ。考えてみれば当然のことかも知れないが、外国で買った「メイドインジャパン」の心境になる。知識のない“産物”だったが美味だったことに満足しておこう。
 いつものことだが、団体旅行で思うのは、夫婦・兄弟姉妹・友人で参加している人達に乾杯!!と言いたくなる。第一線を離れた者が、自らその労をねぎらっての旅行を楽しむ姿には感動すら覚える。人生の後半に幸あれと願う。
 この人達は、夫婦かな、兄弟かな?と想像するだけでも楽しくなる団体旅行である。
天然記念物「天窓洞」遊覧


上部・天窓より光が射し込む
(遊覧船で洞窟内を撮影)
93 2001.11.15
 この11日に、初孫の「食い初め」のお祝いをした。
家族水入らずの内祝いであるが3世代でお祝いできることは幸せなことである。両親は勿論のこと、お爺ちゃん・お婆ちゃんまでもが孫の幸せを願って素直にお祝いできる環境に心から感謝したい。生後100日の本人には、何もわからないことだが、成長過程の中で、「こういうお祝いをしてくれたのか」と回想してくれれば決して悪の道へ足を踏み入れることはないだろうと、エゴかも知れないが期待している。
 さて、世界大百科事典による「食い初め」について参考までに紹介しておく。
 誕生後100〜120日前後に行う生児の食べ初めの祝い。ちょうど生児の首がすわる頃なので,〈百日(ももか)の首すえ〉とか〈百日の一粒食い〉〈神初め〉などともいう。乳以外の大人と同じ食物を食べさせることによって,一段と成長を確認する儀礼である。平安朝以降の文献には,百日祝の記録があるが,民間では生児の茶椀・神・膳をそろえ,膳には尾頭つきの魚と小石をのせて祝う。小石は歯が丈夫になるためと説明されているが,産神(うぶがみ)の依代(よりしろ)と考えられる。日本人はめいめい個人用の神・茶椀をもつが,その最初の儀礼である。   
    
初孫の食い初め

健やかな成長を祈る!!
92 2001.11. 7
 我が奥様がひょんなことからパソコンに目を向け始めた。きっかけがどうであれ非常にいいことだ。今までは、食わず嫌いというのか、パソコンが壊れることを必要以上に恐れていたようだ。
 時々というか、いや極めて多いというべきか我輩の悲鳴を何度となく聞いてきたはずだ。パソコン本体をはじめ周辺機器がよく壊れたが、そのたびに発声する悲鳴におそれおののいてきたのかも知れない。操作ミスによってパソコンが壊れた記憶は無いが、原因不明による故障は何度となくある。修理費用が高すぎて結果的には買い換えることが多かったのも事実である。
 パソコンに目が向いてきたこの機会を幸いに、「パソコンのABC」の初歩から教えてあげようと思っている。自らが、体感的にパソコンの良さを味あえば、パソコンが生活の中に溶け込み、自分の意志によってパソコンを利用し、活躍さすことができるはずだ。
 まずパソコンに親しみ、興味をもたせる意味で、パソコンにインストールされていた「家計簿」から利用することにした。昨夜もこっそり?と入力していたが50の手習いも必ずや実を結ぶものと期待している。何しろ先生が懇切丁寧ときているから期待が大きい。もし、上手くいかないようであれば先生失格となる。
初心者が使いやすいように!!


パソコンの周辺をスッキリと
91 2001.10.30
 前回、姪の結婚式と高野山へ行ったことを紹介したが、この時のデジカメ写真の編集がやっと終って、CD−ROM化して関係者に配布することが出来た。編集といっても特別なことはしないが露出や明度を一部変更したりしてパソコンで見る出来映えを少しでも良くする作業を行った。
 ただ、ディスプレイで見る画質と写真に焼いてみる画質とでは、違ってくるので注意が必要となる。今回の写真は、400枚を少し越えただけだが、スライドショーとして見るのも良し、1枚1枚を個別に見るのも良しで結構楽しめるのではないかと思う。このような楽しみ方は、ひと昔までは考えられなかったことだが、技術の進歩には恐れ入る。これから10年先にはどうなっているのだろうかと想像を巡らすだけで楽しくなってくる。一方、かっての8ミリフィルムのように、ハードが故障したら再現できなくなるような心配もあるがこれも技術革新の波に飲み込まれることを覚悟しておかねばなるまい。時代が変わろうとも、いつまでも残るのは、プリントアウトされた「印刷物」であろう。
 デジカメの場合には、できることなら「高画質」で撮影していた方が後で編集したり、写真に焼く場合に絶対に有利であることを知っておくことだ。ややもすると、保存メディアの容量が少ないために、画質をおとして撮影するが決して誉められるものではない。従って、保存メディアの予備を準備していた方が良い。
 私が、デジカメに手をだした頃は、20MBで10万円を越していたのに、今や64MBでも2万円弱で買えるようになっている。
姪の結婚式写真集

CDラベル
90 2001.10.13
 先日・6日に姪の結婚式が神戸のホテルで挙行された。チャペル式での結婚式にも慣れ、かえってこの方が自然体のような気がしてくるから不思議でもある。クリスチャンでもない者が集って讃美歌を合唱しても違和感を感じないのだから日本と言う国は、不思議な国、気ままで自由な国であることか。宗教に縛られた国では考えられないことだ。
 新婚旅行は、ギリシャに旅だった。夫婦としての契りの旅立ちを古代ギリシャにロマンを求めたようだが、近隣では戦争が勃発した。世界は広いようで狭いことをここにも感じる。とにかく無事に帰国してあの笑顔を見せて欲しいものだ。ただただ二人の前途に幸多きことを願い期待したい。
 翌7日は、私の兄弟・甥の8人で高野山に行き、宿坊で1泊した。
奥之院・金剛峯寺もさることながら、歴史上の人物の墓碑がところ狭しと並んでいるのには驚いたが、当時、とてつもなく不便な秘境・高野山を菩提寺としたのか知りたいものだ。
姪の結婚式

二人の前途に幸多きことを!!
89 2001. 9.19
 全世界を震撼させた米同時テロから1週間が経過した。事件発生以来、テレビ各局は、視点を変えて報道番組を編成していた。時間の許す限りテレビに見入っていた。このテロ集団も自爆を美徳としているようだが、テロという手段は、無差別に犠牲者が出るものだ。絶対に許される行為ではない。被害者やその親族や友人・知人にとっては、いたたまれない感情が残る。この感情を誰にぶつけたらいいのだろうか。人命は、金銭では買えないはずだ。
 アメリカは、「報復」という形で同盟国に呼びかけている。日本も、憲法の範囲内で支援することを表明しているが、戦争に巻き込まれることだけはご免こうむりたい。
 初孫も1ヶ月と2週間が過ぎて、「笑いの表情」が見え隠れするまでになった。21世紀、こんなかわいい孫に戦争というむごたらしい経験をさせてはならない。
初孫もここまで大きくなりました !!

生後1ヶ月と1週間
88 2001. 9. 7
 去年の暮れから新年にかけて、パソコンによる「在宅ワーク」を2社に申し込んでいた。勿論、入会金数万円を支払い、ワードやエクセルの「能力テスト」なる試験をうけながらレベルアップを図ってきた。
 その後、何回となく仕事を申し込んだが、「抽選漏れ」と言うことでいっこうに仕事が貰えていなかった。にもかかわらず、その後もワーカーの募集チラシが入っていた。「おかしい」ということで消費者センターに調査依頼をしたが、現時点では「具体的に被害を蒙った訳でもない」ことを理由に進展しないまま現在に至っていた。
 ところが、1社はEメールで、もう1社は郵便で、「このまま経営を続けることができなくなった」と謝罪の文書が届けられた。色んな状況が書かれていたが、そのまま信用する訳にはいかない。文面では、弁護士と相談して入会金の返却を含めて9月中に処理するとのことだ。ただ、今までの経過から判断すると最初から、入会金だけを集めてドロンするつもりではなかったかと疑わざるを得ない。
 皆様も、「在宅ワーク」にはくれぐれもご用心下され!!
87 2001. 8.27
 先日パンク修理をしたばかりなのに、またもパンクしたと言う。この自転車は、私が勤続20年で記念品としていただいたものだ。従って、すでに14〜15年の年月が過ぎ去っていて、今までに何回かタイヤ交換もしており、本体もあちこちに錆や傷も付いている。
 家内は、「新しい自転車をを買おうか」と言う。しかしながら、私にとっては、まだまだ乗れるし、サラリーマン時代の想い出が刻まれていることもあり、さらには使い捨て時代への反抗を示したかったこともある。と言う訳で、タイヤ・チューブを新品に交換した。また何年かは家内の足として活躍してくれるであろう。
 あちこちに、乗り捨てられた自転車を見るたびに、世の中の歪を感じている。モノを大事にしない荒廃した心、他人の自転車を勝手に失敬する善悪の判別能力を失墜した心が蔓延している世の中・風潮が許せない。
 いつの日か、人間の身勝手さにツケがまわってくるに違いない。
治療した自転車


家内のマイカー
86 2001. 8.19
 今回、息子がホームページを開設した。サラリーマンの個人が開設する時には、その題材で悩むものだ。題材によっては、更新のネタがないことから途中で立ち往生してしまう場合が多い。私にとっては初孫と言うことになるが、「長男誕生」を機会に成長記録をメインに、これにまつわる題材を取り上げていくらしい。赤ちゃんの成長とともにホームページの成長を楽しみに期待したい。
85 2001. 8.11
@ホームヘルパー2級の講習会が8月8日で終了した。
131時間の講義と4日間の現場実習を経験して、自分なりに「福祉」に対する扉が開かれたような気がする。会社人間からの脱皮である。
 最終日には、同期生との親睦会を催したが、楽しく飲みながら食べながら個々人の経験談や考え方に聞き入った。今後も機会を作って出会いたいものだ。
A8月4日、初孫・男の赤ちゃんが誕生した。生まれたばかりの赤ちゃんを眺めていると、素直に平和と幸せを感じる。若かりし頃に、同僚と「性善説」・「性悪説」について大議論したが、生まれたばかりの赤ちゃんを眺めていると、どうしても「性善説」の持論しか考えられない。
 親ばかならぬ爺馬鹿ぶりを発揮しているのが実におかしくなる。血液型が同じAB型であることから何かにつけ「おじいちゃん似」と言われそうだ。
 孫に幸あれ!!
初孫・男の赤ちゃん 誕生!!



誕生日=2001年8月4日午後3時5分
体重=3336g
身長=55cm
血液型=AB
84 2001. 7.31
 夕べ、中学時代の友人から電話をもらった。生まれ故郷にいる同級生が亡くなったとというのだ。肺癌だったという。久しく出会っていないが元気にしているとばかり思っていたのに、たまたまいただく情報は不幸の知らせが多い。現役を退き悠々自適の人生がこれから始まると言うのに、神様は非情な宿命を与えてしまう。現役を引退してからの生活設計の青写真を描いていたろうに、実現させることなく終止符を打った友が哀れでならない。今夜が通夜だというので、弔電を送ったが近ければご焼香させていただくものを・・・。確かに、病魔に襲われても仕方がない年齢に達したことも事実であるだけに自愛せねばなるまい。 
83 2001. 7.19
 現在、ホームヘルパーの講習会に参加している。受講する動機というかキッカケがあった。
 遠く離れた両親の介護を取り上げたNHKのクローズアップ現代で、「ボランティア預託制度」が全国的に制度化されつつあることを紹介していた。私の両親は、とっくに他界しているものの、この「ボランティア預託制度」は、直感的に世の中に歓迎されそうで妙に耳に残っていた。また、時期を同じくして、「シニアのための介護講習会」の広報が目に留まったものだから、即座に受講申し込みをした。幸いにも、受講が可能となって、講習会もいよいよ終盤に入っている。デイサービスセンターや特別養護老人ホームでの現場実習も経験することになっている。この講習会に参加したことで、会社人間から脱皮して「福祉」と言う言葉をやっと使えるように気持の上で余裕ができるようになるかも知れない。偏り人間から脱却せねばなるまい。「明日はわが身」となるかも知れないだけに、元気なうちにボランティア精神を身に付けておこうと意識改革中でもある。
 受講生30名の受講の動機は、それぞれ違うようだか、シニアの意気込みには頭が下がる思いでいる。他にも色々な講習会に参加されているようで「生涯学習」を実践する見本のような集団だ。この集団に幸あれ!!
ホームヘルパー2級講習会



生涯学習の意気込みを感じる仲間達
82 2001. 7. 5
@データ保存用のハードディスクが破壊した。このホームページの各フアィルをはじめ他のデータを保存していたため、何とか回復(修復)できないかとメーカーに修理依頼したが結果は「修復不可」との返事であった。
 今までにも何回か「ハードディスクの破壊」に痛い目に会ってきたのだがこの苦い経験が活かされていないと言うことである。貴重なデータ類は、他のドライブにコピーを必ず残すという教訓が今回も忘れ去られていた。

 皆さんは、どのようにして対応されているのでしょうか。
A小泉首相の人気は、メールマガジンにもそのまま反映されているようだ。私も、登録開始日早々に登録を済ませたのだが、首相や閣僚の姿が見えるようで政治が身近に感じるようになったことも事実である。国会中継番組もよく見るようになったこしも事実だし何かと政治に興味を抱かせる作用がある。あとは国民が正しく政策・実績を評価・判断する責任がある。
B夏の涼を呼ぶ朝顔を植えかえる。この朝顔は、熊本の姉に頂いた種を蒔いて苗から育ててこの夏に涼を呼ぼうとする試みである。狭い庭に植えられた朝顔は、この夏に何個の花を咲かせるのであろうか。今から楽しみである。(右の写真)

楽しみな朝顔
81 2001. 6.10
 またも悲惨な事件が起きた。8日の大阪教育大付属池田小学校への乱入刺殺事件である。8人もの学童が亡くなった。以前にも薬物混入事件で逮捕歴があり、さらに事件当日は、傷害事件で聴取予定日であったという。
 精神障害のある人の治療の難しさがまたも浮き彫りになった形だが、この種の事件に巻き込まれた犠牲者・遺族にとってはたまったものではない。もし、「精神異常者」と言うことであれは、何ら責任が問われることがないだけに、なおさら深刻な社会問題である。一番安全な場所の学校で起きた大事件だがどこでも起こり得るだけに、抜本的な対応策が望まれる。
また、犯人にも親・兄弟がおられるはずだし、家族の心情を思うと心苦しいものがある。
80 2001. 5.30
 昨日、日帰りバス旅行に参加した。
「天橋立を歩く、ぶらりハマナス花の道」というキャッチフレーズのツアーである.過去、何度か訪ねたことがあったが、今までに見たことのない「ハマナス花の道」のロマンに魅せられての参加となった。頭の中での「ハマナスの花の道」は、群生しているハマナスを描いていただけに、天橋立散策中の砂地に見られたハマナスは淋しかった.
 回旋橋もちょうど回旋するところに遭遇したし、知恵の松・雲井の松・式部の松・夫婦の松・なかよしの松等々を見上げながらのぶらぶら歩きは、天気に恵まれて、額に汗を流してのウォーキングで楽しかった。また、城下町出石でのそば打ち体験も観光ならではの催しであろう。
天橋立

ハマナスの花

そば打ち体験(出石)
79 2001. 5.24
 昨日23日に英断が下された。ハンセン病訴訟に対して政府は、控訴することを断念した.直前まで、政府は、控訴した上で和解の道を探そうとする方向で進めているとのニュースが流れていただけに。素直に嬉しかった.小泉総理と原告団との対話が小泉総理の心を揺り動かしたのであろう。想像を絶する人生大半の生活は、第三者にはとうてい想像することも出来ないことだ.たとへできたとしても真の苦しみは、本人や家族にしかわからない.家族すら「分離」させたというのだからその苦しみは地獄であったろう.とにかく、失われた生活は、金銭では補償できないことだろうが政府として出来る限りの「補償」を考えて欲しいものだ.
 今回の英断は、小泉総理だからできた「改革」かも知れないし、「小泉株」がさらに上昇することであろう。
78 2001, 5. 4
 5月1日は、氏子青年会や各町内会が協力し合っての挙行される氏神さん「吉御子神社」の例大祭である.今年は、我が町内会が行事町ということもあって、49戸という小さい町内会は、“総出演”による体制作りから準備が始まった。
 雨模様の天気で心配だったが、当日は、自然界も味方してくれて最高のお祭り日和りとなった。神輿の担ぎ手や小学生による子供神輿、昼食や神輿休憩所での接待等の“町内会総出演”による対応は、成功裡のうちに無事に終ることが出来た。
 例大祭は、例年でも町内行事の中でも大きなイベントであるが、今年は、特に行事町ということもあっての大イベントであった.
 三役の一人として準備してきたが
小さな町内会の力が結集されて大きなイベントを見事にこなしてくれたことがこの上もなく嬉しかった。協力を惜しまなかった町内会の全員に素直に感謝している.わが町内会《仲町》 ばんざい!! である.
お祭り

吉御子神社の神輿
77 2001. 4.24
 先日(21日)、夫婦で、近くの栗東町文化芸術会館《さきら》へ行った。
娘が所属する「押し花展」を見るためである。4人展と称していたが、どの作品も根気と熱意が結集された芸術と言える分野かも知れない。少なくとも、我輩には備えていない想像力と創作力の世界なのだろう。人間には、得手・不得手があろうが、喩え、趣味の領域にせよ自らその得手に属する才能をいかに発見するかが難しい。ましてや天職にできるような職業として活かせるのであれば最高だ。
 一般的には、芸術家と呼ばれる人達こそが、その難しい才能を発見し、育てた数少ない天才なのかも知れない。

 それぞれの道で頑張っている人達に拍手を贈りたい。
押し花

娘の作品より
76 2001. 3.29
 昨日、1枚の葉書が舞い込んだ。悪徳業者らしき次の内容である。
 「弊社は和幸ファイナンスと申しまして、ツーショットダイヤルの情報提供会社でございます。以前貴方様御名義でご使用された有料情報ダイヤルの情報提供料が未納ですので、書面をもってご連絡させていただきます。早急に下記口座までご入金頂きますようお願い申し上げます。尚、このまま入金がない場合は、遅延損害金も高くなり、最終的には直接ご自宅へ回収に伺うことになりますが、その際は交通費等も請求になりますので、ご了承下さい。お支払期限は二週間以内とさせていただきます」とあり振込先の銀行名・口座番号が書かれていた。
 和幸ファイナンスということだけで、住所も電話番号も書かれていないこと自体が詐欺行為そのものではないか。勿論、身の覚えのないことであるので管内の警察署に届け出た。皆さんも注意しましょう。
75 2001. 3.26
 バス旅行に参加して、3月16日から1泊2日で伊東温泉に行った。「あなたの街から乗車」をキャッチフレーズにしたバス旅行の為、JR草津駅を基点に出発したバスは地元甲賀郡の4地点から順次お客さんを乗せながら、甲賀路から名阪・東名阪・名神・東名高速道路を乗り継いで伊東温泉に向かった。バスの車窓から眺める風景は、梅の花・桃の花・桜の花・菜の花ありで道中のパノラマ画面を満喫しながら退屈することなく楽しむことが出来た。バス旅行は、温泉巡りということもあって温泉で日頃の疲れを癒すことを目的としたお客は存分に楽しめたのではなかろうか。そう言う私自身が温泉を楽しむ年齢に達したのかも知れない。残念だったのは、2日目の午後から小雨に見舞われ十石峠からの美しい富士山を眺められなかったことである。ちなみに、「十石」とは、その昔、伊豆・駿河・遠江・甲斐・信濃・武蔵・上総・下総・安房・相模が眺められることから名付けられたそうだ。 城ケ崎海岸 散策
(つり橋)


十石峠山頂
(ケープルカー離合)

74 2001. 2.16
 先日の、宇和島水産高校の実習船と米原子力潜水艦との痛ましい衝突事故があって、今なお9名の行方がわかっていない。報道されているように民間人が操縦していたとすれば大問題である。政府はもっともっと抗議の姿勢を示しても良いのではないか。暗いニュースばかりに暗い気持に陥ってしまう。
 一方、15日に放映されたNHKのにんげんドキュメント「課長達の涙」サブタイトルと言おうか「奈良そごう閉店までの60日・突然の解雇通告」をみて、課長二人の生き様に久しぶりに強烈な感動を覚える。
 人生の方向転換を迫られた[奈良そごう]の二人の課長の生き様に、素直に感動したのは何故なのか。それは、“責任感あってのなせる業”ということであろう。
 トップの無責任な経営が招いた結果が、「閉店」にまで追いやったはずだ。奈良そごうの開店時に入社した同期の二人の課長(35歳)は、12月25日の閉店まで見届けた。課長と家族の前途に幸多きことを願いたい。

73 2001. 2. 5
@昨日(日曜日)は、昨年末に買ったパソコンが有するAV機能を最大限に活かす為に、従来のオーディオ機器との接続を見直しする。
 今回の見直しポイントは、パソコンの「DVD−RAM」機能を最大かつ有効に活躍させることにある。映像を大画面で見ることは勿論のことだが、音も5.1チャンネルで再現さすことを主眼においた。おそらく他人は、「機能を発揮させるような部屋じゃないじゃないか」と狭い部屋を指摘するだろうが、我輩にとって見れば最高のAVルームであり、パソコンルームでもあり、最高の6畳間である。確かに、音量はほどほどにしておかないと家族にも迷惑をかけることになりかねない。
あとはBSデジタルチューナーを購入することで楽しみ方がさらに拡大するであろうが、現在の機器価格が10万円前後もすることから、もうちょっと値下げされることを期待してそれまでは我慢しようと思っている。
 右記「SURROUND CENTER」には、AM/FMチューナを省略しているが、オーディオ関係も結構楽しめている。

A日航機のニアミス事故の原因は、結果的には管制ミスであった。管制官の「便名取り違え」というヒューマンエラーであったが、「衝突防止装置」の指示に逆らって機長のとっさの判断で空中衝突を回避できたのは不幸中の幸いであったろう。ただ、今回の事故で、裏に潜んだ複雑な事情が見え隠れしたことが問題である。安全最優先を基本に施策を練って欲しいと願う。
 どんな社会にもルールがある。それぞれの職場にも、犯してはならない領域があろう。
 管制官とパイロットの信頼関係が大事だろうが、それを取り巻く環境が必ずしもよくないことが指摘されている。是非とも改善していただきたい。
パソコンとAV機器との接続図

パソコンは、下記「LAN接続図」に示す「Prius」である。
72 2001. 1.11
 21世紀最初の今年も、年初から嫌なニュースから始まった。
@仙台の病院での筋弛緩剤の点滴への混入事件だ。
 市民は、病院に対して全幅の信頼を寄せているはずだ。治療する病院内に「殺人者」がいようと は誰が想像し得たであろうか。なんとも空恐ろしい事件だ。今回の女児だけではなく過去にも何人かが犠牲になっているという。院内での薬剤管理は勿論のことだが、容態の急変や急死があった場合の解明がなされていなかった。不自然な変化や死因については、原因を究明するように義務付けるべきではないのか。
A成人式での、あの乱れた光景をどう受け止めるべきだろうか。大人として「自覚」がない者は、「成人式」に出席する資格はない。ごく一部の者だろうが、将来の日本を背負うべき若者があの光景を演出するようでは悲しい。権利を主張する前に、義務を果たすことを考えて欲しいと願う。
B20世紀末の東京世田谷の一家四人殺人事件は、今も解決しないまま連日の報道だ。犯人の遺留品から、一日も早く犯人逮捕となることを願わざるを得ない。犯人が逮捕されても、4人の命は戻ってこない。
C鳥取の生まれたばかりの赤ちゃん略奪事件だ。初乳も与えていない両親の心情を思うといたたまれない。子供ほしさの事件だろうが、犯人は、罪を認めて両親の元に、赤ちゃんを返してと訴えたい。
71 2001. 1. 6
 先日のテレビ番組で2050年頃に到達するであろう夢物語が語られていた。番組途中から聞き入ったので番組全ての内容はわからないが、ただ、太陽発電した電力でエネルギーを電磁波を応用してコードレス化を図ろうと言う番組であったかと思う。飛行機や車に限らずあらゆる設備・機器自体を遠隔操作するというのだ。従って、原子力発電所がなくなり、街から電柱や電線が消えるらしい。
 「50年」と聞くとまだまだ先のような気もするが、科学技術の進歩は目まぐるしいものがあり、夢物語ではなくなる日が近い未来にきっとくるのであろう。私自身がこの世に存在しないが、地球にやさしい社会の実現を願っている。科学者達にもっともっと資金的に援助して欲しいものだ。
70 2001. 1. 1
 あけましてめでとうございます。
20世紀から21世紀へと世紀が移り変わりました。今年もよろしくお願いします。

 元旦を迎える“新年”というだけで普段でも意識が変わってくるものだが、今年は、特に「世紀」が変わったということで意識の変化が大きい。この“1日”だけの違いであって、実質的には何も変わらないかも知れないが、気分的には格段に大きく変化するし、また変化させねばならないと改めて意識せざるを得ない。
 定年を目前にして、いよいよ『老後』のことが否応なしに大きなウエイトを占めるようになる。兎にも角にも無産階級の者にとっては元気に働かねばならぬ。老後を人並みに生活するためには、病気などしておれないが、いつ何時、脅かされるかも知れないのが現実でもある。最大の意識は、『健康第一』を重点に置かざるを得ない。
 21世紀になって、あと何年生きられるかは定かではないが、自己研鑽しながら社会に迷惑を掛けないように精一杯生かしてもらおうと願う。

 20世紀最後の年末ににディスクトップパソコンを購入した。現在、私が使用しているパソコンは、右記の赤字で記載している3機種となったが、21世紀もLAN接続された3台のパソコンががフル活動することになりわが人生のよき伴侶として支援してくれることになろう。
 さらに、下図のLAN接続図に、隣接して新築した息子の家庭ともLAN接続して運用しているので面白い運用が期待できる。

雑然としながらも機能優先で
配置された機器


(マイ ルーム)

パソコン購入履歴
 @1981/12 PC−6001
 A1982/ 9 PC−8801
B1986/ 8 PC−9801UV2
 C1995/ 6 PC−9821Xa9
D1999/ 1 Note LaVie NX
E2000/12 Prius 750S5SV
その後購入
F2003/ 9 Valustar PCVT7006D
G2004/ 8 Note LaVie L(LL9009D)

ここからWindows7
H2009/11 LaVie
LL700V
I2010/6 Valustar
VW970/B

ここからWindows8
J2012/11Lavie

LM750

(更新日=2013(H25). 1.25)
【NEC LaVieLM750
の仕様
 ・CPU=Corei7-35
 ・メインメモリ=8GB

 
【MultiPASS B-20】
の機能


・カラープリンタ
・カラーファクス
・カラーコピー
 ・カラースキャナ
・PCファクス
LAN接続図